新卒で就職して以来、私はずっと一つの会社で働いてきました。
気がつけば会社員として過ごした時間はかなり長くなり、あと数年もすれば、会社員人生の終わりが現実的に見えてくる年齢になりました。
最近、人生観や仕事観、お金、時間、家族、そして「働くとは何なのか」について考えることが増えています。
なぜ今になって、こんなことを考えるようになったのか。
振り返ってみると、これまでは本気で考える必要がなかったのだと思います。
毎月決まった日に給料が振り込まれ、会社に行けば仕事がある。
社会保険もあり、有給休暇もあり、会社という組織の中に自分の居場所がある。
もちろん仕事上の悩みや将来への不安はありました。
それでも、
「会社に所属せず、自分一人で生活していけるのか?」
というところまで真剣に考える必要はありませんでした。
ところが、会社員人生の終盤が見えてきた今、この問いが急に現実味を帯びてきました。
「個人も小さな企業」という言葉が気になった

先日、週刊誌の記事で、
「個人も『小さな企業』であるべきなのか?」
という問いを目にしました。
村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』を題材に、現代の働き方や自由について考えた記事です。
会社が一生面倒を見てくれるとは限らなくなった社会では、個人にも「市場価値」「競争力」「リスク管理」といった、企業に対して使われてきた言葉が使われるようになりました。
自分の能力を高める。
収入源を増やす。
資産を形成する。
将来に備える。
確かに考えてみれば、私自身も最近、こうしたことを以前より強く意識するようになっています。
しかし同時に、少し違和感も覚えました。
人間は、本当に一生「自分の市場価値」を高め続けなければならないのでしょうか。
今回、このテーマについて考えるきっかけになった記事では、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』が取り上げられていました。
「普通に働くとは何か」「社会が求める生き方とは何か」を考えさせられる作品です。会社員人生の終盤にいる今だからこそ、私自身も気になる一冊になりました。
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会社員であることは想像以上に大きかった
私は新卒から一つの会社で働いてきました。
そのため、これまでの人生の大部分で、
「働くこと=会社に所属すること」
でした。
これは当たり前のようで、実はかなり大きなことだったのだと最近感じています。
会社に行けば仕事があります。
自分で営業して仕事を取ってくる必要もありません。
毎月の収入も、基本的には予測できます。
自分自身を毎日「商品」として売り込まなくても、会社という大きな仕組みの中で仕事をして生活していくことができます。
長く会社員をしていると、それが普通になります。
だから私は、
「会社という看板がなくなった自分には、一体何が残るのだろう?」
と考えるようになりました。
資産ができたことで初めて見えてきた選択肢
一方で、若い頃とは明らかに違うこともあります。
長く働き続けてきたことで、ある程度の資産を形成することができました。
社会人としての経験も積みました。
投資についても勉強するようになりました。
そして最近ではブログを書いたり、クラウドソーシングに挑戦したりと、会社以外の世界にも少しずつ足を踏み出しています。
私が会社員を続けながらブログや副業を始めた経緯については、noteの「51歳、会社員だった私がブログと副業を始めてみた」でも書いています。
すると、それまで漠然とした夢だったものが少しずつ現実的な選択肢に見えてきました。
その一つが、
「サイドFIRE的な生き方」です。
50代になってからは、将来の仕事や副業も意識して宅建にも挑戦しました。
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私が憧れるのは「何もしないFIRE」ではない
FIREという言葉から、
「資産を作って、仕事を辞めて、あとは働かずに暮らす」
という生活を想像する人もいるでしょう。
でも、私が興味を持っているのは少し違います。
完全に仕事を辞めたいわけではありません。
ブログを書いて収入を得る。
クラウドソーシングで仕事をする。
投資から配当などの収入を得る。
そして必要に応じて、無理のない範囲で働く。
こうした小さな収入源を組み合わせながら生活していく。
つまり、
「生活のすべてを会社の給料に依存しない」
という生き方です。
これが私にとってのサイドFIREに近いのかもしれません。
サイドFIREを考えるようになってからは、「資産を増やすこと」だけでなく「資産をどう守り、どう使っていくか」についても考えるようになりました。最近では株式だけでなく、個人向け国債のような値動きの小さい資産についても調べています。
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会社を辞めたら「自由」になるのか
ただ、ここで冒頭の記事の問いに戻ります。
会社から離れれば自由になれる。
本当にそうなのでしょうか。
会社を辞めれば、今度は自分で自分を管理しなければなりません。
仕事も自分で探す。
収入も自分で作る。
資産も自分で管理する。
健康管理も必要です。
税金や社会保険についても、自分で考えなければならないことが増えるでしょう。
会社という組織から自由になる代わりに、
「自分という小さな会社」を自分自身で経営する。
そんな生活になるのかもしれません。
そう考えると、自由とは必ずしも「楽になること」ではなさそうです。
むしろ、
自分で選び、その結果も自分で引き受けること。
それが本当の意味での自由なのかもしれません。
でも、すべてを「市場価値」で考えたくはない
ここでもう一つ考えておきたいことがあります。
自分を小さな企業だと考えると、
「もっと稼がなければ」
「もっと能力を身につけなければ」
「もっと資産を増やさなければ」
と考えがちです。
しかし、それでは会社員時代とは別の競争に入るだけかもしれません。
せっかく会社から離れても、今度は自分自身にノルマを課し続ける。
それでは、私が求めている生き方とは少し違います。
収入が多いことだけが豊かさではありません。
自由に使える時間。
家族との時間。
好きなことをする時間。
体調に合わせて休めること。
行きたい場所へ行けること。
こうしたものも、これからの人生ではお金と同じくらい大切になってくると思っています。
会社員人生の終盤になって、ようやく考え始めた
若い頃から人生設計をしっかり考えていたわけではありません。
むしろ逆です。
就職して、働いて、給料をもらって生活する。
それを繰り返してきました。
会社員というレールの上を走っている間は、その先について本気で考える必要がなかったのだと思います。
ところが、ゴールが見えてくると景色が変わりました。
これから何年働くのか。
いくらあれば生活できるのか。
どれくらい働きたいのか。
自分にとって豊かな生活とは何なのか。
そして、
「会社員ではない自分は、どう生きていくのか。」
今まで何となく避けてきた問いに、ようやく向き合い始めています。
サイドFIREは「会社を辞めること」が目的ではない
最近、私はサイドFIREについて考えることが増えました。
ただし、資産額が一定の水準になったから「もう会社を辞めても大丈夫」という単純な話ではないと思っています。
むしろ重要なのは、
会社がなくても、自分なりの生活を組み立てられるかどうか。
なのではないでしょうか。
資産運用もその一つ。
ブログもその一つ。
クラウドソーシングもその一つ。
そして、必要なら少し働くこともその一つです。
一つ一つは小さくても、複数の柱があれば会社だけに依存する必要はなくなります。
私自身、まだそれを実践できているわけではありません。
今はまさに、その準備をしている段階です。
「個人という小さな企業」をどう経営するか
会社員人生の終盤になって、私は初めて自分の人生を一つの事業のように考えるようになりました。
ただし、利益を最大化する会社を目指しているわけではありません。
人生の満足度を最大化する、小さな会社です。
たくさん稼ぐことより、必要なお金を確保する。
資産を増やすだけでなく、必要なときには使う。
仕事を完全になくすのではなく、自分で仕事量を決める。
そして自由になった時間を、家族や趣味、自分がやってみたかったことに使う。
もし「個人も小さな企業である」と考えるなら、そんな会社であってもいいのではないでしょうか。
これからの人生で確かめてみたい
長く会社員として働いてきた私にとって、会社に所属しない生活はまだ未知の世界です。
本当に個人で生活していけるのか。
ブログや副業はどこまで収入になるのか。
資産運用と取り崩しを組み合わせれば、どの程度働けばいいのか。
そして何より、
会社員ではなくなった自分は、毎日をどう感じるのか。
これは数字だけを計算しても答えは出ない気がしています。
だからこそ、会社員人生の終盤にいる今から少しずつ試してみたい。
ブログを書いてみる。
会社以外から1円でも収入を得てみる。
投資について勉強する。
自分の生活に本当に必要なお金を考えてみる。
そうやって会社という大きな組織から、少しずつ「個人として生きる練習」をしていく。
私にとってサイドFIREとは、単なる早期退職ではなく、
「会社に人生を預ける生き方から、自分で人生を選ぶ生き方への移行」
なのかもしれません。
会社員人生のゴールが見え始めた今だからこそ、このテーマについて、これからも考えていきたいと思います。
会社員以外の働き方を考えるようになってから、ブログやクラウドソーシングにも挑戦しています。その過程はnoteにも記録しています。
参考資料・公式サイト
本記事を考えるきっかけとなった作品です。
『コンビニ人間』公式ページ(文藝春秋)
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