ネット通販が当たり前になった現在、宅配便の荷物はこれからも増え続ける――。
そんなイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。
しかし、ヤマトホールディングスの櫻井敏之社長の話から見えてくるのは、少し違った物流業界の姿です。
物価高によって消費者の購買行動が変化し、EC(ネット通販)の伸び方にも変化が出ています。
さらに人件費や燃料費など物流コストは上昇。
ヤマトは今、「たくさんの荷物を運ぶ会社」から「利益を確保できる物流会社」へと経営モデルを変えようとしています。
今回は、日本経済新聞の記事をきっかけに、ヤマトを取り巻く物流業界の変化について考えてみます。
物価高で「高額品が減り、荷物が小型化」

今回の記事で特に印象的だったのが、
「高額品が減り、荷物が小型になっている」
という消費の変化です。
食品や日用品、光熱費などさまざまなものの価格が上昇するなか、家計では節約志向が強まっています。
その影響はネット通販にも表れています。
EC市場そのものがなくなるわけではありません。
しかし、
「EC市場が成長する」
↓
「宅配便の荷物が大量に増える」
↓
「物流会社の利益も増える」
という、これまでの単純な成長モデルが成立しにくくなってきました。
櫻井社長も別のインタビューで、日本のEC化率は約10%で今後も成長余地はあるとしながら、物価高による消費の弱さやインフレを指摘しています。
今回のヤマトの変化の背景にもある「物価高」。
インフレが家計だけでなく企業のコストや利益、そして投資にどのような影響を与えるのかについては、こちらの記事で詳しく整理しています。
コロナ禍では宅配便が一気に拡大した
ヤマトにとって大きな転機だったのがコロナ禍です。
外出を控える人が増え、ネット通販が急拡大。
EC関連の荷物が急増しました。
さらに在宅率が高かったため再配達なども抑えられ、配送効率が改善しました。
その結果、ヤマトは2021年3月期に最高益を記録しています。
ところがコロナ禍が終わると状況は変わりました。
当時は、
「これからもECの荷物は増え続ける」
という前提で物流設備などへの投資を進めていました。
ところが、実際の荷物の伸びは想定ほど強くありませんでした。
ヤマトが抱えた「設備と荷物のミスマッチ」
ヤマトには全国約2,700の営業所があり、物流ターミナルなど巨大な配送ネットワークを保有しています。
コロナ禍には物流倉庫や仕分けターミナル、EV集配車などへの投資も進めました。
ところが荷物の需要が想定ほど増えなければ、大きな物流網を維持するコストが重くなります。
櫻井社長自身も、設備について
「少し構えが大きくなりすぎた」
との認識を示しています。
そこでヤマトが現在進めているのが、物流網の「聖域なき見直し」です。
都市部を中心に営業所を集約するなど、現在の荷物量に合わせた物流ネットワークへの再編を進めています。
「荷物を増やす」から「利益を残す」へ
ここが今回の記事で最も重要なポイントだと思います。
宅配会社にとって荷物の取扱個数はもちろん重要です。
しかし、
荷物が増える=利益が増える
とは限りません。
例えば1個の荷物を運んで得られる収入より、
- 人件費
- 燃料費
- 車両費
- 倉庫・営業所の維持費
- 外部配送業者への委託費
などが大きくなれば、いくら荷物を運んでも利益は残りません。
そこでヤマトは現在、低採算の荷物を無理に獲得するのではなく、適正な料金を受け取る方向へ転換しています。
2026年3月期には大口法人向けの「プライシング適正化」を進め、宅急便単価はおおむね想定通り上昇しました。
一方、低採算荷物の取扱いを抑えたことや、物価高による荷動きの鈍化によって、大口法人の取扱数量は想定を下回りました。
つまり、
「荷物の量を追う経営」から「1個あたりの採算を重視する経営」へ
ヤマトは大きく舵を切ろうとしているわけです。
物流費の上昇は、ヤマトなど物流会社だけの問題ではありません。
食品や日用品など、私たちが普段購入している商品の価格にも物流コストは含まれています。
身近な「納豆」を例に、原材料・為替・人件費・物流費が商品価格や企業利益にどうつながるのかを、こちらの記事で整理しています。
それでも2026年3月期は営業利益が約2倍に
興味深いのは業績です。
2026年3月期のヤマトHDは、
営業収益:1兆8,656億円
営業利益:283億円
となりました。
営業利益は前期比99.2%増です。
一見すると大幅な業績回復です。
ただし、途中では荷物量の減少などから営業利益予想を400億円→280億円へ下方修正していました。
つまり、
利益は回復しているものの、ヤマトの構造改革が完全に成功したと判断するにはまだ早い
という状況でもあります。
これは投資家としてヤマトを見る際にも重要なポイントになりそうです。
新たな成長の柱「コントラクト・ロジスティクス」
では、荷物の個数が大きく伸びないのであれば、ヤマトはどこで成長するのでしょうか。
その答えの一つが、
コントラクト・ロジスティクス(CL)
です。
少し難しい言葉ですが、簡単に言えば、
企業の物流業務をまとめて引き受ける事業
です。
単純に荷物をA地点からB地点まで運ぶだけではありません。
商品の保管や在庫管理、流通加工、配送など、企業の物流そのものに深く関わります。
いわゆる「3PL」と呼ばれるビジネスです。
宅急便で築いた全国ネットワークを企業物流に活用
ヤマトには全国約80カ所の物流ターミナルがあります。
この巨大な物流網を宅急便だけに利用するのではなく、企業物流にも活用しようとしています。
2026年度には、
滋賀・湖南
東京・東雲
岡山・早島
福島・郡山
の4カ所に企業物流向け大型倉庫を新設する計画です。
ヤマト自身もCL事業を「次の成長の柱」と位置づけています。
これはヤマトにとって非常に重要な戦略でしょう。
人手不足という物流業界共通の問題
もう一つ避けられないのが人手不足です。
物流業界ではドライバー不足が大きな問題になっています。
そのためヤマトでは外国人材の活用なども進めながら、配送体制を維持する取り組みを行っています。
ただし、人を増やすだけでは人件費も増えます。
そのため、
人材確保+物流網の効率化
を同時に進める必要があります。
ヤマトが掲げる「AIファースト・データドリブン経営」も、こうした生産性向上につながる取り組みです。会社は宅急便ネットワークの適正なプライシングとともに、AIやデータを活用した生産性向上を収益力強化策として掲げています。
物流業界だけでなく、日本企業全体で深刻になっているのが「人手不足」です。
人手不足のなかで、時短勤務者やシニアなど多様な人材をどう活用するかについては、こちらの記事でも考えています。
宅配便は「成長産業」から「効率化産業」へ?
今回の記事を読んで感じたのは、日本の宅配便業界が一つの転換点に来ているということです。
これまでは、
EC拡大 → 荷物増加 → 売上拡大
という成長モデルでした。
しかし今後は、
荷物量
+
配送単価
+
物流効率
+
企業物流などの付加価値サービス
によって利益を作る産業になっていくのかもしれません。
単純に「Amazonや楽天などネット通販が伸びれば宅配会社も儲かる」という話ではなくなってきています。
まとめ|ヤマトは「宅配会社」から「総合物流会社」へ変われるか
今回の記事のポイントをまとめると、
- 物価高によって消費が弱まり、ECの荷物にも変化が起きている
- 高額商品の減少や荷物の小型化が進んでいる
- ヤマトは低採算荷物を抑え、適正な運賃を取る方向へ転換
- コロナ禍に拡大した物流設備の適正化を進めている
- 2026年3月期の営業利益は283億円と約2倍に回復
- 一方で期中には業績予想を下方修正しており、構造改革は道半ば
- CL(企業物流)を宅急便に続く新たな成長事業として育成
- 人手不足に対応するため物流網の効率化も重要になる
という状況です。
ヤマトのトラックを街で見かけない日はほとんどありません。
それほど私たちの生活に欠かせない企業ですが、投資という視点では、
「生活に欠かせない会社=儲かる会社」ではありません。
人件費や燃料費が上昇するなかで、適正な運賃を確保できるのか。
そして宅急便で築いた巨大な物流ネットワークを、企業物流という新しい収益源につなげられるのか。
ヤマトが今後「宅配便の会社」から「総合物流企業」へ変わることができるのか、注目していきたいと思います。
【参考資料・公式サイト】
・ヤマトホールディングス「株主・投資家情報」
・ヤマトホールディングス「2026年3月期 決算短信」
・ヤマトホールディングス「2026年3月期 決算説明会資料」
・ヤマトホールディングス「中期経営計画 SX2030 ~1st Stage~」
・日本経済新聞「物流から見る景気 高額品減り、荷物小型に」





コメント