日々投資について考えている今日この頃、我が家では金融教育も家庭の教育の一環として考えてきました。
先日歴史好きの中学2年生の息子からマルクスの『資本論』て何?という質問を受けたので少し身近な事例からマルクスについて考えてみました。
現在の日本ではNISAは多くの方が使っている制度であり、また最近はやりのFIREというキーワードもあります。
最近ではNISAを使ってオルカン(全世界株式)を購入している会社員は、今では珍しくありません。
私自身、資産形成について考えている中で、ふと疑問に思いました。
「株を持って利益を受け取っている会社員は、マルクスのいう『資本家』になるのだろうか?」
『資本論』というと難しそうですが、NISAや株式投資に置き換えてみると、意外と身近な話として理解できます。
マルクスのいう「労働者」と「資本家」とは?
マルクスが生きた19世紀では、大きく分けると、
資本家
→ 工場・機械などの「生産手段」を所有する
→ 労働者を雇う
→ 事業から利益を得る
労働者
→ 自分の労働力を提供する
→ 商品やサービスの生産に参加する
→ その対価として賃金を受け取る
という関係がありました。
マルクスは、労働者が生み出した価値と賃金との差である「剰余価値」を、資本家の利潤などの源泉と考えました。

【図解①】「マルクスの理論を単純化した図」
資本家が資本・生産手段を所有
↓
労働者を雇う
↓
労働によって商品・サービスを生産
↓
企業が販売
↓
利益が生まれる
↓
資本家側にも利益が帰属する
では、NISAでオルカンを持つ会社員は?
ここから現代に移ります。
例えば、
年収500万円の会社員+NISAでオルカン500万円
を持っている人を考えます。
この人には二つの顔があります。

【図解②】
会社で働く
↓
給料を受け取る
↓
労働所得
+
NISAでオルカンを保有
↓
世界中の企業の株式を間接的に所有
↓
値上がり益・配当などの投資リターンを得る可能性
↓
資本所得
つまり、
「労働者」+「小さな資本所有者」
です。
ここがこの記事で一番伝えたいポイントです。
それでも「典型的な資本家」ではない
オルカンを500万円持っていても、それだけでマルクスが想定した典型的な資本家になったとは言いにくいでしょう。
仮に5%のリターンなら、
※分かりやすくするため、ここでは運用リターンを年5%と仮定して単純計算しています。実際の運用成果は年によって変動します。
500万円 × 5% = 年25万円
です。
一方、給料が500万円なら、
労働所得500万円 > 投資リターン25万円
です。
生活するためには、依然として働く必要があります。
したがって、
生活の中心が労働所得
→ 労働者としての性格が強い
と考える方が自然です。
ところが「資本の量」が増えると変わってくる
ここで資産額を変えてみます。
仮に5%なら、
100万円×5%→ 年5万円
1,000万円×5% → 年50万円
5,000万円×5% → 年250万円
1億円×5% → 年500万円
同じ5%でも、元になる資本が大きいほど得られる金額も大きくなります。
さらに利益を再投資すると、

【図解③】
資本
↓
利益
↓
再投資
↓
資本が増える
↓
さらに大きな利益
となります。
これが、マルクスが注目した**「資本蓄積」**を理解するポイントです。
ここからFIREにつながる
普通の会社員の場合、最初に持っている最大の「稼ぐ力」は自分の労働です。
そこで、

【図解④】
働く
↓
給料を得る
↓
生活費を差し引く
↓
余剰資金をNISAなどで投資する
↓
資本を蓄積する
↓
資本から得られる収益が増える
↓
労働所得への依存度が下がる
↓
FIREという選択肢も生まれる
となります。
つまりFIREをマルクス的な視点から見ると、
「労働によって得た所得の一部を資本に変え、徐々に労働への依存度を下げていく」
とも表現できます。
最後に「現代は単純に二分できない」
19世紀の典型的なイメージは、
資本家 ↔ 労働者の対立構造
でした。
ところが現代の会社員は、

【図解⑤】
給料(労働所得)
+
NISA(資産運用)
+
iDeCo・企業年金など
+
持株会など
↓
「労働者」+「資本所有者」
という状態になり得ます。
したがって記事の結論は、
NISAでオルカンを持つ会社員は、マルクスが想定した典型的な「資本家」とはいえない。しかし、労働者でありながら資本を所有し、企業活動から投資リターンを得る「小さな資本所有者」という側面も持っている。

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